2006年05月19日

NEETは邪魔

ハテナのブックマークは大体英数字で入力するようにしている。
徹底してるわけじゃないけれども。

例えば、ネタ とかも → neta と打つ。

はてブにはSuggest機能(入力補完)があって、ブックマーク時に多少手助けされる。
途中まで入力すれば、後は抽出された文字列を選択するって寸法だ。

だからこそ英字で入力する事が多いのだが、ついさっき気づいた事がある。


neta と 入力してたつもりが、neet になっているではないか!


逆じゃなくて良かった。

とりあえず、neet タグは邪魔なので無くしといた。
危険なタグだ。

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2006年05月15日

はまちちゃん


はまちちゃんをご存知だろうか。


そう。こんにちは!こんにちは!のはまちちゃんである。
今日ははまちちゃんについて何かを書こうというわけではない。
では、このエントリーは何かと言うとテストなのだ。


はまちちゃんは、ハテナで日記を書いている人が「はまちちゃん」という単語を出す事により必ずと言っていいほど追跡されてブックマークされている。私はハテナの日記帳は使っていないが、このエントリーではまちちゃんに補足されてしまった。
そのエントリーは直接リンクしていた為に、リファラを使って追跡されたものと思われる。


しかし、私のハテナブックマークにははまちちゃんが入っているのだが、たまにどこから見つけてくるんだ?と言うような「はまちちゃん」が記述されているエントリーを見つけてくる。
きっとはまちちゃんは超ヒマであるか、はまちちゃん追跡システムを開発しているかのどちらかである。


その真偽を確かめるために、このエントリーは存在する。
このエントリーが補足できなかったら、はまちちゃんはそれまでのはまちちゃんだと言う事だ。


要するに私もヒマなのだ。


こんにちはこんにちは!!



posted by suVene at 21:16 | Comment(1) | TrackBack(1) | Programing系 このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月14日

過去ログを読まれると気持ち悪いパターン

ekkenさんが言及してくれたおかげで結構いろんな場所で話題になったようだけど、当初からの疑問は一向によく分からないままだ。それどころかもう一つ疑問というか、知りたい事が出てきた。

ekkenさんの記事内容はほぼ全面同意。読まれるのが嫌ならば、(パブリックに見える位置からは)消しておけばいいと思う。
過去の自分の意見と現在の意見が食い違うのならば、素直にそれを認めればいいし、食い違うのには理由があるはずだから、その理由を挙げて今の意見で納得している事を言えばいいだけだと思う。

以下が今のところ分かっているパターンだ。
  • 「過去ログ」を読まれてもかまわないが、訳知り顔で語る奴が気持ち悪い(又はむかつく)。
  • 「過去ログ」を読まれた時点で気持ち悪い(又は気味が悪い、又は違和感)。
前者はまあ分からなくもないが、これは過去ログに限らないと思う。
これは自分の記事を書いていた時点で想像していた事だ。
外側から規定、または妙な思い込みで自分自身を見られる事に違和感があるのか。
過去ログだけに限らない気もするけど、要するにたくさんの文章を読んでって事だよな。
suVeneのあれ: 過去ログを読まれるのが気持ち悪い心理

例えば最新記事を上げて、「今回の文章からあなたの性格を判断しました!」って奴が気持ち悪いのと同じ。

後者の場合なんだけど、このパターンの言及として「自分を知られたような感覚」を抱き「文章を全部読んだからといって、その人を規定できることはない」って意見を見かける。
どんなに頻繁にブログを更新している人でも、その人の行動、考えの全てを記録できている訳ではないし、それを全部読んだからってその人の考えが全部分かるようになった訳でもない。あくまで、その人がどう生きてきたかを追体験しただけ。
北の大地から送る物欲日記 - 過去ログはどこまであなたを表すのか?

これはこれでその通りだと思う。
しかし、もう一つ別のパターンがあって、自分の行動記録のような記事を書いていて、それが追跡される気味の悪さだ。(もちろん、追跡する為の情報は自分で置いているのだけれども)
これは、「自分を知られる気味の悪さ」とは意味が違い、「誰だか特定できないが自分を観察している」感じがするのだろう。

結局、「何故読まれたり、触れられたくない過去ログをWeb上で公にしているのだろうか。」という疑問に対する回答は残念だがまだない。

一つ驚いたのは、アクセス解析はある程度必要だとは思うけれども「同一IPが過去ログをずっと読んでいる」というような状況も気にしている人が多いという事だ。
私は、リファラ(言及先)とアクセス数が多い記事は参考にするが、あまり閲覧者を特定して考えた事がなかった。

で、冒頭で言っていた「もう一つの疑問」とは何かというと
「誰か身近な人が自分のブログを見つけた?だれ?でも分からない・・・」ってな薄気味悪さはあると思う。
長靴をはいたネコ:過去ログを読まれると気持ち悪いか?

のような意見を持つ人は、自分が人の blog の過去ログを読むときにはどのように対応しているのであろうか?という事だ。誰だか分かるようにコメントを残す?それとも、相手が気にするといけないので過去ログを読まない?

結局、過去ログを読まれる事自体に違和感を感じる後者の場合、人の過去ログを読むのも同じように気にしているのではないかと言う疑問である。

自分の足跡がずっと監視されているってのは、ある意味気味悪いとは感じる。


* 参考記事
suVeneのあれ: 過去ログを読まれるのが気持ち悪い心理
ekken♂:過去ログを読まれて「気持ち悪い」のなら削除しておけば?
北の大地から送る物欲日記 - 過去ログはどこまであなたを表すのか?
長靴をはいたネコ:過去ログを読まれると気持ち悪いか?
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2006年05月10日

空気に支配される者の代表

FPN-はてなブックマークで売られたケンカは買うべきか?
ekken♂:はてなブックマークに反論が出来ないなんて誰が言ったんだ?

ネットストーカーではないといいながら、ekkenさんの記事に関連する話になってしまうのですが、巡回先に数多く ekkenさんの引用があり、気になる記事もその中にあるのだからしょうがないのです。
決してネットストーカーでも、好き好き大好きビームでもありません。

前置きはおいといて、本当に ekken♂:はてなブックマークに反論が出来ないなんて誰が言ったんだ? を読んだの?と聞きたくなるような記事がありました。まず、
「はてなブックマークに、自分の記事に対してネガティブなコメントがされていた場合の反論・反証の具体的方法論。そして、その方法で反論・反証した場合に相手がそれを読む事を保障できないという問題点は、コメント欄やトラックバックと変わらない。」
という趣旨の記事がekkenさんの記事だと思うのですが、この記事へのトラックバックとしてFPN-はてなブックマークで売られたケンカは買うべきか?がある訳です。中身を私なりに要約しますと
  • 「確かに、はてブは荒れやすい。私は、はてブ恐怖症になったことがある
  • だって、1時間も書けた文章を一言で「中身が無い」とか「面白くない」と言われたらショックでしょ?
  • しかし、そういうのは気にしないようにしよう
  • というわけで、前向きに見ることにする。
  • その際、一人一人の意見ではなく、全体の空気として捉えよう。
  • でもやっぱり凹むので、お手柔らかに。
です。
特に言及もしていないし、反証・反論もなく、ただ関連リンクで考えた私的事項を書いているだけだと思うんですが、私はそんなに「トラックバック」の文化圏に対して厳しい意見を持っていないので、それは置いときます。
(「ブログからトラックバックとかで突っ込まれれば、またトラックバックで反論したりとか、そのブログのコメント欄に出かけていったりとか、議論のしようがあるわけですが、はてなブックマークだと一方的に言われっぱなし。」ってところが、ekkenさんの記事に対しての反論なのかな?)

しかし、その意見表明時に気になる部分が多々あります。それは、自分の意見を一般化して宣伝したり、他人の意見を一般化したりして捉えたりするところです。
なにしろ、一応1時間とか時間かけて書いた記事を、あっさり「中身が無い」とか「面白くない」とかバッサリきられたら、そりゃショックですしケンカ売られているような気分にもなりますよね。
・・・ 中略 ・・・
 どうしても、私たちは個人個人から言葉で攻撃されると反論したくなってしまうわけですが、自分がフィードバックとして受け止めるべきは、一人一人の厳しいコメントとかではなくって、全体としての空気のようなものなのかもしれないなーと思ったりします。
・・・ 中略 ・・・
・たくさんコメントがあったら、全体の雰囲気を見る
・全体として厳しいコメントが多かったら、大いに反省する
・一人だけ厳しいコメントだったら、その人の他のブックマークを見る
FPN-はてなブックマークで売られたケンカは買うべきか?


この文章だけだと、単に同意を得たいが為の問いかけとも取れるのですが、「空気」や「全体の雰囲気」で捉えるという部分が、「一般化された意見が正しい」と捉えているのではないかと思うところです。
そもそも、「多数の意見が正しい」というのは、全体の雰囲気や空気に支配されず、個別的に自分の主義や主張を訴え、相手の意見を聞き、納得すれば意見を変えたり、矛盾があれば反証したりした結果としての多数(マジョリティ)ならば、その意見はその集団における「正しい」結論として処理されるものだと思います。その結論を得る段階で、少数(マイノリティ)だからといって、主義主張せず、中身を判断しないでマジョリティの意見に従うような集団であれば、それはまさに「空気に支配された」結果であり、議論の意味は薄れるのではないかと思うわけです。説得力や論理的に相手を納得させられるだけの意見があれば、昨日の少数派は明日の多数派になっているかもしれないのです。その意味で「多数の意見は正しい」と思います。

この方の意見は「多数なのだから正しいはず」という捉え方にとらわれ、多数派工作をしてしまう集団における一員のような発言に見えるのです。(現実として、そのような集団はたくさんありますけれども)

先ほどの引用を個別に疑問を記しますと
> あっさり「中身が無い」とか「面白くない」とかバッサリきられたら、そりゃショックですしケンカ売られているような気分にもなりますよね

ショックになりません。 ケンカを売られているのかどうかは内容を見て判断します。
(2006/05/11 追記“議論”に対して言われてもショックにならないけど、読み物やネタとして書いてたらショックっていうかちょっと悲しいかもw)

> どうしても、私たちは個人個人から言葉で攻撃されると反論したくなってしまうわけですが

「私たちは」ではなく、「私は」でしょう。少なくとも、私は攻撃されるから反論するわけではありません。個人の意見を一般化しようとする意見に見えます。

> 一人一人の厳しいコメントとかではなくって、全体としての空気のようなものなのかもしれないなーと思ったりします

これは、「一般化」とは違いますが、このような個別の意見を自分で判断して答えを求めず、「全体の空気」で決めてしまうから、メディアに対してのリテラシーがないだの、日本は民主性ではないだのと言われるのだと思います。朝日の言う「脱個別主義」です。

まぁ、この記事を書いている方が「個人の意見を判断せず、全体としての主張があれば、自分が納得していなくてもそちらの意見にする」のであれば、それは個人の自由ですし何を言うこともないのですが、少々「多数の意見が正しい」の意味を取り違えているのではないかと思い、私が個人的に思うことを書いてみました。


というか、これが 徳力メソッド か!
posted by suVene at 12:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 議論系 このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月08日

過去ログを読んで欲しいならば、そのようにした方がよい

ekken♂:過去ログを全部読んでから批判して下さいッ!!

なんだか、いろんな blog の人と交流したいんだけど、なんか言いたくなるのが ekken さんの記事なんですね。
ekken なんかたいした事ねーや、とか思ってたけど、やはり有名なブロガーさんの文章はそれなりに説得力があるものが多く、自分なりの解釈を加えてみたり、反論してみたりしたくなるものです。
決してネットストーカーではありません。

前置きはこれくらいにして、まず ekken さんの記事を引用させていただくと
「そこに書いてある事が自分の全てではない、もっと自分を知ってから批判してくれ」というのは、決して不自然な欲求ではないと思う。
しかしこういうことをいう人は、自分があるブログに対しての批判的な記事を書く場合に、相手のブログの過去ログを全て読んでいるのだろうか?
・・・ 中略 ・・・
そもそも「過去ログを全部読んでからじゃないと批判するな」がまかり通ると、ブログ界において批判されるのは、最近ブログを始めた過去ログの少ないごく一部の人だけじゃないか?
・・・ 中略 ・・・
「過去ログを全部読んでから批判して下さい」って、そりゃ実質「他人を批判するな」だよ。
ekken♂:過去ログを全部読んでから批判して下さいッ!!

勝手に切り貼りしてますけど、大体これが全てではないかと思うわけです。
ekken さんは最後に、「もしも、そういう考えの人がいたら、自分の過去ログを全て読んでから批判してください」と皮肉で終わっているわけですが(関連リンクを置いておけばいいという提案もあり)、もう少し「過去ログを全部読んでから批判して下さいッ」って人へ向けてのメッセージを書きたいなと思った次第でございます。

本来なら、議論というのは一つのテーマを軸に展開すると分かりやすいのですが、ブログというのは今のところ「空気とblog」でも書いたように、Permalink を軸にして緩やかな繋がりを持つ傾向があるのは、現在の仕組み上、仕方がない事です。
「批判するなら過去ログ読め!」と言う人は、掲示板やメーリングリスト、フォーラムのような 1箇所にユーザーが集中してカキコミするような感覚で、自分のサイトを捉えているのでしょう。
確かに、主流は 記事毎 にピックアップされる時代ですが、それに合わせろというわけではなく、自サイトを基幹とした意見の交流がしたいのならば、それなりに対応しておいたほうが良いと思われます。

・ よくある質問や批判に対する回答を載せた FAQ 記事を用意しておく。
・ 検索ボックスを配置しておく。
・ 前回から関連して読んで欲しいときは、冒頭に自サイトの関連リンクを張り、前の記事に対しても「自サイトへの」トラックバックなどで、相互に行き来できるようにしておく。

それでもなお、ブログで自分の意見を書いていると、その記事のみを見て意見してくる人はいるでしょう。しかし、そんな時でもヒステリックに対応するよりは、上記で用意してあるリンクを見る事を促した後で、尚疑問があるのならばよろしくお願いします。と対応するほうがよいのではないでしょうか。周りで見ている人間も納得するだろうし、尚批判、質問があるのならば自分にとってもプラスになる事うけあいです。


っていうか、ここまで書いたけど、この記事くだらねー!何当たり前のことばっかり書いてんだこりゃ。
なんの新しい視点もないし、ツマラネーなこれ。トラックバックしようと思ったけどここで終わり。

まぁあれですよ。内村鑑三氏の言うように
「批判される者となれよ、批判する者となるなかれ」
って事です。

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2006年05月05日

コメント欄に関するアレコレ

レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメント欄閉じた時に、長文を書かれていた方の記事に、ちょっと気になる問いがありました。
僕が知りたいと思うのは、他所のブログのコメント欄にコメントを残す人の心理です
・・・ 中略 ・・・
議論の経過を見ていると、管理人がもらったコメントにレスをするのは当然ではない、コメントレスは管理人の義務ではない、という意見が大勢を占めているように見受けられますが、、そこで翻って、では管理人からのレスが期待できないコメントをなぜ敢えて残したいと思うのか、という理由を僕は知りたいと思うわけです。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメント欄へのカキコミというのは何種類か分類できると思います。

1 知合いに対する馴れ合い的なコメント
2 記事を見た感想
3 記事に対する疑問・質問・反論
4 「自分はこう思う」という表明
5 荒らし目的

大抵このあたりではないかと。

1 知合いに対する馴れ合い的なコメント
これは、ネット上にしろリアルにしろ、知合い同士がやるようなカキコミであり、このパターンだと blog や 日記以外にもコミュニケーション手段を持っている場合が多いので、いちいちレスが必要だと思う人も少なそうです。

2 記事を見た感想
知合いの記事への感想か、あまり知合いではない人への感想かは問いませんが、なんらか感じる事があったときに、その思いを表明するような場合です。「面白かった。」「感動した。」「考えさせられた。」等の、具体的な部分を説明しないような一行のコメントでも、自分が知的好奇心をそそられた場合、お礼を言いたくなる気分も含めたのしめた事を表明しておきたいという意思の表れではないでしょうか。例を挙げると、ファンレターのようなものではないかと。このパターンも、コメントにレスを貰えれば嬉しいとは思いますが、大量のコメントに対し、blog の管理人がレスをするのも大変でしょうし、感想へのお礼を一つ一つするのも妙な感じがします。

3 記事に対する疑問・質問・反論
トラックバックして言及するほどではないが、少し疑問・質問、又は異論がある場合などです。
これは、上記 2つと違い、明らかに著者からのコメントが欲しくなるでしょう。そして、コメントの内容が「記事とは全然関係ない事象を持ち出して、罵倒したいだけ」のようなモノ以外は、ululun さんにしろ ekken さんにしろ、大抵レスしているような気がします。これは、コメントへのレスというよりは、記事の延長であり、記事のフォローのような意味合いが強いと思われます。

4 「自分はこう思う」という表明
3 に近いのですが、明らかにコメントに書くには、コメント記入者の主張が大部分である場合です。基本的には、blog というのがそもそもフロー型であり、議論するにはコメント欄はあまり向いていないので、管理人も思うところはあるでしょうがレスしにくい場合があるでしょう。主張を織り交ぜたい場合は、できれば トラックバック のほうが適しているように思われます。

5 荒らし目的
ヒマでもない限り、スルーか削除が一般的でしょう。


まぁ、blog というものが 1 対 1 でもない限り、時系列をおって議論をしにくい構造になっており、同時多発的にゆるい繋がりを持って流れているので、コメントしても返信がないのはしょうがないと思います。

コメント欄に関して思うところはこんな感じです。
次に、引用先の akky さんの疑問について、私なりに回答してみたいと思います。

他所にコメントを残す人の多くは、管理人からのレスがあろうがなかろうが、とにかく自分の気持ちや意見をその記事の中にコメントとして残しておきたい、という気持ちだけで、コメントをしているのでしょうか。そういう人たちは、コメントを残したあとで、何か反応がないかとコメント欄を見に戻ったりすることはないのでしょうか。自分がコメントを残しただけで満足するというなら、のちの反応を見に戻る必要もないと思うのですが、違うのでしょうか。あるいは、自分のコメントは管理人にレスさせずにはおかないほど価値あるものだと信じてコメントするんでしょうか。そして実際に価値があったかどうかを確かめるために、コメントレスを確認しに戻るのでしょうか。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメントを残す心理は、先に記したようなモノが多いと認識しているのですが、なんだか少し妙な疑問だなと思ったのは
「管理人はコメントのレスは必須じゃないと思う ⇒ 自分がコメントをしたときに確認しにいくことはないのか?」
と解釈してらっしゃるかのように見えるところです。先ほども記したように、「3 記事に対する疑問・質問・反論」ならば、やはりコメントのレスがあれば嬉しいですし、それ以外についても、レスがついていれば嬉しいでしょう。ただ、「あれば嬉しいが、強制はできない」と考えているだけであり「コメントしても、レスはいらない」に直結しないのではないかという事です。

例えばの話、うちのブログのコメント欄を開放していたときにコメントを下さっていた方の10人中10人がコメントレスが不要と考えているならば、今後、コメント欄を再開してもレスはしません。レスをするのもなかなか難しいですし、それなりの時間もかかりますから、もし求められていないのならば、そのような労力をかける必要はないと考えるからです。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

今回の、「コメントにレスをしろよ問題」で色々 blog を見て周った時に、ここの管理人さんは真剣に考えているような感じを受け、それはそれで良い事だと思いますが「レスはしません」とか「必ずレスをする」とか決めてしまわなくても良いのではないかと思います。(当然、私個人的な考えで強制するわけではありません)
時間がないのならば、する必要などないし、不毛だと思うコメントなど、答える必要もないし、邪魔ならば消してしまえばいい。
時間があって、答えたくなった時に答えればよいのではないでしょうか。

他の方は知りませんが、「レスは不要」といっても「(レスが)強制とは思わない」という意味であり、(疑問・質問を書いた場合)返信があればやはり嬉しいでしょう。ただ、返信がないからといって不愉快な気持ちになる事はないという意味だと言う事です。
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2006年05月04日

何が言いたいのかよく分からないけど疑問がある

内田樹の研究室: skype とニート論

この人の頭がよいのか、私の頭が悪いのか、それ以外なのかよく分からないが、この記事で何が言いたいのかよく分からない。
よく分からないが、疑問に思う部分がいくつかある。

まず、Skype について説明があり、「電話ただ掛け」つながりでハッカーの話が出てくるのだが
遠隔地にいる友人や恋人と長電話して親交を深めたいと思うような人間がハッカーになるはずがないから。
内田樹の研究室: skype とニート論

まったく根拠が分からない。
この記事の著者の言葉を借りると、“知的興奮”と“そこからスピンオフする新しいテクノロジー”に価値があり、「電話ただ掛け」は目的ではない。と言っているように見えその部分は同意できるのだが、「遠隔地にいる友人や恋人と長電話して親交を深めたいと思うような人間」は“知的興奮”や“そこからスピンオフする新しいテクノロジー”に価値を見出す人はいないって事に何故繋がるんだろう。意味不明です。

次は、1記事なだけで繋がりがあるのかないのかよく分からない「現代若者論考」について。
ほとんどの若者論は無意識のうちに「排他的」な言葉づかいをする。
・・・ 略 ・・・
社会の変化は「同時多発的」であり、ぜんぜん関連のない領域に「ぼこ、ぼこ」と発現する。
一つの地殻変動が複数の徴候を示すことがある。
だから、「私だけが現実の変化を見ていて、お前たちが見ているのは仮象である」という言い方はできるだけ自制した方がいいと思う。
内田樹の研究室: skype とニート論

同時多発的であり、一つの事象に対する絶対的把握は物事の一面しか見えないような状態に陥れる事が多々あり、単純に善悪・正誤で語れ無いという事を言っているのだと思うのだが、先ほど引用した「〜〜はずがない」という言い回しも排他的である。「言い方を自制」すると言うより、「それ以外理由は存在しない」という態度に気をつけるべきであり、局面を見れば、言い方は断定的で排他的にならざるをえない。ニートの問題で例を挙げている若者論が、異論を認めない形で(排他的に)反論しているのならば著者の言いたい事もわかるけど。

次に、ニート繋がりで記事が続く。
「勤労の義務」は憲法27条に明記されているのであるから、ニートは存在自体が違憲なのである。
内田樹の研究室: skype とニート論

個人の存在が違憲な訳がない。憲法とは、国家権力に対する命令であり、個人や企業とは一切関係ない。そもそも、憲法の話をするならば憲法18条に「刑罰でない限り意に反する苦役に服させることは出来ない」とある。ニートを無理やり働かせるような国家権力があれば、それこそ違憲である。27条1項 については、学者間でも解釈が違っているので、一概になんとも言えないが、「ニートは存在自体が違憲」などという話は明らかに間違いです。

最後は、マルクス、フェミニズムと例が挙がり構造の中で反証、反論する事は、その構造の中からしかできない事への違和感のような話になっているので、結局言いたい事はここなのかな?と思うわけですが、これは歴史における“空気の支配”にも深く関わる部分だと思う。

「(続く)」とあるので、続きも読んでみよう。


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[コメントを巡る]元も子もない話

テーマに名称がないと分かりにくいので、「コメントにレスをしろよ問題」としておきます。
簡単に説明すると

1 ブロガーが記事を書いて、閲覧者がコメントしたらそれにレスしろよ!できないなら、記事を出すな!
2 「私がコメントを書かない理由」のような記事
3 それは完ぺき主義で自分の醜態を見せたくないからだ!etc
4 コメントレスを強要するのはやめよう

という流れがある中に、コメント欄に対する分析記事が出たりしている状況ですね。
元も子もない話をしてしまうと、こういう意見のやり取りを楽しんでいるだけ(半馴れ合い)の人も居るんだろうなって話です。きっと本気で相手に強要しようと思ってないと思いますし、その強要意見に反論するのはあえて「釣られ」て楽しんでいるように見える訳です。

まず、この問題の最初のほうにアップされた heartbreaking さんの記事。
コメントレスしない管理人は、横柄な人間です。もしくは人の話聞いて無いです。俺の記事を、ちゃんと読んだのか?お前は、俺の記事の意図を全然読めてねえから、コメントレスしないからな、ってのは我侭です。じゃあ、貴方の記事の意図が解るように「書く」努力をしなさい。
heartbreaking.:コメントレス出来ないなら記事出さないで下さい

すごいです。いきなりコメントレスをを必須と考えない人への宣戦布告です。コメント欄も白熱しております。下のほうにいけば nanaさんなる人ののおっぱいうpへと流れが変わっていきますが、残念ながら今は見れません。まぁ、私なりに解釈すると、明らかに面白がって極論意見書いていると思います。これが記事によって、扇動されてしまう人がいるとするのならば、著者の思う壺なのかもしれません。
同時期にコメント欄閉鎖宣言-日々是自己主張なる記事も出ています。無駄に長いです。なんだか意図がよく分かりませんが、とりあえずコメント欄を閉じる事についての正当性を訴えているようです。これは真面目な意見に見えます。


次に、この辺の問題が議論されるようになった ululun さんの記事。この人の記事は面白くて私もよく読んでます。最近も、CNET Japan にゲストとして記事を書く事になったようですごいです。
CNET読者のみなさん はじめまして
まぁ、それはどうでもいいとして、記事内容はいたって真面目な印象を受けます。
そうなると短いコメントやコメント出来ない人に対してどう説明すれば良いのか
わかりませんよね。それこそ「ululunはオレの事を嫌っているんだろうか」とか「他の人には沢山書いているのにオレには素っ気ないコメントを書きやがって」とか思われるのも困るのです。
煩悩是道場 - 私がコメントに返事を書かない理由

私から見れば、一見矛盾のない自己完結記事に見え、納得してしまいそうな記事なのですが、それではこの問題が終わってしまいますので heartbreaking さんはいちゃもんをつけます。

コメントレスしない有名ブロガーは、レスの内容に、完璧さを求めすぎているのだと思います。自分の醜態を見せたくないだけです。
heartbreaking.:コメントに返事を書かない理由

恐ろしいほどの湾曲した解釈です。この発想はなかなか出ません。heartbreaking さんはエンタティナーです。この意見に対して真面目な反論をしても面白くないので何らかの極論を持って迎えたらよいのではないかと思うのですが、正論を唱え真っ向から反論している記事が
『斬(ざん)』:コメントレスを強要するのはやめようよ
ekken♂:一行コメントレスならば、むしろいらない
です。正論中の正論です。

これ以外にも、コメント欄についていくつかの記事があり、それについて ハテブなどで「○○という方が傲慢じゃないか?」等と意見があったりしますが、所詮「釣った」「釣られた」「馴れ合い」の域を過ぎないようなものが多いです。

で、長々と他の記事を引用して何が言いたいのかといえば、「釣り釣られ」なのか「真面目な意見・反論」なのか見分けるのは面倒だって事と、馴れ合い的意見のやり取りの中で真面目な記事があっても浮いてしまうように見えるのだなぁという話です。
「コメントにレスをしろよ問題」については何の言及もしていません。
posted by suVene at 01:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月03日

[Amazonアフィリエイト/Greasemonkeyに関する]問題は二つあるのではないか

[ハ]Firefox と Greasemonkey とアフィリエイト泥棒 | キミガタメ「ハ」
*「ふっかつのじゅもんがちがいます。」 - ソースを読めない人はgreasemonkeyを使ってはいけない

Greasemonkey という、FireFox のユーザーによる拡張機能ができる物があるのですが、その機能を用いて Amazon の Affiliate を書き換えしているモノがある という問題に対して議論をよんでいるようなので一言。
まず、いぬビームさんが全サイトはてブ化・その場コメント・ワンクリブクマを公開しました。
 各サイト下部にはてなブックマークのコメントを表示、その場でクリップ・ワンクリでブクマできるスクリプトです。
… 中略 …
 しかし、後日私のためだけの更新と、Amazon の商品リンクに いぬビームさんのアソシエイト ID を付加するよう更新されました。
[ハ]Firefox と Greasemonkey とアフィリエイト泥棒 | キミガタメ「ハ」

という事がありました。
これが問題の一点目であり
アソシエイト・プログラム規約の「4.紹介料」の項にあるプログラムに参加している他のウェブサイトから(ユーザーがインストールしたソフトウェアを経由するものを含むがこれに限らない)の取引を妨害し、リダイレクトしたり、これらから紹介料を流用しようとしてはいけません。
Amazonアソシエイト・プログラム運営規約

に違反するかどうかという事が論点です。

それに付随して
 はてブコメントや TB みていると、「まずソースを読め」という意見がとても多いです。
 でも、スクリプトのソースを読める人ってどれだけいるでしょう。
 Greasemonkey やはてなを使っている人の中では、ソースを読める人の割合も比較的多いでしょうが、みんながみんな読めるとは思えません。
[ハ]Firefox と Greasemonkey とアフィリエイト泥棒 | キミガタメ「ハ」

と、「ソース読まないやつが悪い」「ソースを全て読むとは限らない」という問題が発生しているようですが、これは別問題だと思います。

例えば、Greasemonkey 作成者が public に提供し何らかの損害が出ても自己責任でお願いします。と明示があり、ソースも読まずに何らかの損害が出ても、ソースを確認しない人が悪いと思いますが(法律的にどうなのか自信ありません)、明らかに 作成者が“規約違反”であるソースを公開し「自己責任でお願いします」と言っても、“規約違反”を意図しているのであれば、それは悪いのだと思います。
greasemonkeyスクリプトは危険なことができるので、自分でソースを読んで安全性を確認できる人以外は使用しないでください
*「ふっかつのじゅもんがちがいます。」 - ソースを読めない人はgreasemonkeyを使ってはいけない

これはもっともな意見なのですが、だからといって“規約違反”であるかどうかの議論とはまた別の問題です。ですから、
greasemonkeyというのはソースを読むのが前提なので、今回の件について言えばソースを読まずに使っていて文句を言うのはお門違いだと思います。*「ふっかつのじゅもんがちがいます。」 - ソースを読めない人はgreasemonkeyを使ってはいけない

というのは、二つの問題を一緒にしてしまっているのではないかと思う訳です。
「“規約違反”であるかどうかという問題」は、ソースを読む読まないに関わらず議論されるべきであり、「自分でソースを読んで安全性を確認できる人以外は使用しないでください」は、greasemonkey を利用する上での前提条件なのは変わりませんが、だからといって“規約違反”の問題に文句をいうのはお門違いというのは違うのではないか?という疑問です。


* 追記
しばらくこの問題に関して巡回してたら、以下のサイトの方がしっかり書いてあった。
まちゅダイアリー - Greasemonkey の危険性
んでもって、この記事も必見。
*「ふっかつのじゅもんがちがいます。」 - 逆に考えるんだ。「アサマシくらいあげちゃってもいいさ」と考えるんだ。

どちらにしても、問題点は2つあることは確かで、規約違反について言及したほうがよいとは思うのですが、Greasemonkeyに限らず、最近は流行りになってしまいセキュリティ意識がおざなりになっている Ajax にせよ、非同期を使用しない JavaScript にせよ、信頼するかどうかってのは個人の意識によるというのはしょうがないのです。悪意のあるスクリプトなんて簡単に作れちゃうので、利用する人はちゃんと考えてくださいネ。

posted by suVene at 00:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 議論系 このエントリーを含むはてなブックマーク