2006年04月27日

苦労すれば報われる?

「苦労すれば報われる」って言葉があります。

この考え自体は「不屈の精神」という意味で、自分が目的に向かって頑張る時の合言葉として言い聞かせているのであれば良いのではないかと思いますが、大抵これを言う人って相手に強要しようとする精神論者だったりする訳であります。もし上司がこれだと恐ろしいです。逆にいえば「報われなかった人は苦労してないのか?」って事です。

”精神論リーダー”の虚構

ここの記事は面白かったです。
タイトルとして、「自分を客観的に見られない人ほど好む」「変化と結果を求められず、社員を大事にできないリーダー」「他人に押しつける精神論はない」とありまして、まさにそんな上司の態度について言及しています。ただ「宗教のように、自分の精神論に合わない現実を無視してしまうからです」と、カルトに認定されるような宗教を宗教の全てだと断定するかのような発言は気になりますが、それはそれってことで。

最近 mixi で出会った人に教わった言葉として「効用価値説 」なるものと「労働価値説」なるものがあります。意味は読んで時の如しです。そして、働けば働いた時間(努力した時間とコスト)により価値を見出す労働価値説主義が、精神論者になりやすいのではないかと思います。

「努力には自虐が不可欠」というような信念を持っている人もいて、そこから来るすれちがいもあると思う。
言葉の使用法の問題にもなるけど、「自虐を含まない努力は努力と呼ばない」みたいな感じ。だから、見えててもそれを「努力」と呼ぶのを拒否する人がいるみたい。

「もっと努力しろ」とか言われた時に、その言葉の中の自虐成分が何パーセントくらいかを判別できると、もっとスムーズにコミュニケーションができる(そして、価値観の断絶が露になる)のではないだろうか。
■ 努力の中の自虐成分
中には自分と同じだけ苦労(目的を達するためにかけた時間や労力)を相手に強いる人間もいるわけで、楽して(るように見える)人は努力とは認めないという。この価値観の違いを認識したとしても、コミュニケーションを図るのは難しそうです。(外見上合わせるのは簡単かもしれませんけど)
posted by suVene at 18:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | Life系 このエントリーを含むはてなブックマーク 
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