2006年11月07日

「通りすがり」によるコメントについて

ただひたすら「通りすがれよ!」って思うワケだ。

別に批判でも賛成でもコメントありゃ嬉しいもんだが、返信しても応答がなさそうなところが匿名って面倒だな。

OpenIDでも、Typekeyでも、Hatena認証でもいいから何らかの認証システムブログに組み込みてぇなぁ。

さくらのブログつかってんだけど、母体はSeesaaなんだが、改造できねーのかな。
調べてみよう。
posted by suVene at 22:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月14日

過去ログを読まれると気持ち悪いパターン

ekkenさんが言及してくれたおかげで結構いろんな場所で話題になったようだけど、当初からの疑問は一向によく分からないままだ。それどころかもう一つ疑問というか、知りたい事が出てきた。

ekkenさんの記事内容はほぼ全面同意。読まれるのが嫌ならば、(パブリックに見える位置からは)消しておけばいいと思う。
過去の自分の意見と現在の意見が食い違うのならば、素直にそれを認めればいいし、食い違うのには理由があるはずだから、その理由を挙げて今の意見で納得している事を言えばいいだけだと思う。

以下が今のところ分かっているパターンだ。
  • 「過去ログ」を読まれてもかまわないが、訳知り顔で語る奴が気持ち悪い(又はむかつく)。
  • 「過去ログ」を読まれた時点で気持ち悪い(又は気味が悪い、又は違和感)。
前者はまあ分からなくもないが、これは過去ログに限らないと思う。
これは自分の記事を書いていた時点で想像していた事だ。
外側から規定、または妙な思い込みで自分自身を見られる事に違和感があるのか。
過去ログだけに限らない気もするけど、要するにたくさんの文章を読んでって事だよな。
suVeneのあれ: 過去ログを読まれるのが気持ち悪い心理

例えば最新記事を上げて、「今回の文章からあなたの性格を判断しました!」って奴が気持ち悪いのと同じ。

後者の場合なんだけど、このパターンの言及として「自分を知られたような感覚」を抱き「文章を全部読んだからといって、その人を規定できることはない」って意見を見かける。
どんなに頻繁にブログを更新している人でも、その人の行動、考えの全てを記録できている訳ではないし、それを全部読んだからってその人の考えが全部分かるようになった訳でもない。あくまで、その人がどう生きてきたかを追体験しただけ。
北の大地から送る物欲日記 - 過去ログはどこまであなたを表すのか?

これはこれでその通りだと思う。
しかし、もう一つ別のパターンがあって、自分の行動記録のような記事を書いていて、それが追跡される気味の悪さだ。(もちろん、追跡する為の情報は自分で置いているのだけれども)
これは、「自分を知られる気味の悪さ」とは意味が違い、「誰だか特定できないが自分を観察している」感じがするのだろう。

結局、「何故読まれたり、触れられたくない過去ログをWeb上で公にしているのだろうか。」という疑問に対する回答は残念だがまだない。

一つ驚いたのは、アクセス解析はある程度必要だとは思うけれども「同一IPが過去ログをずっと読んでいる」というような状況も気にしている人が多いという事だ。
私は、リファラ(言及先)とアクセス数が多い記事は参考にするが、あまり閲覧者を特定して考えた事がなかった。

で、冒頭で言っていた「もう一つの疑問」とは何かというと
「誰か身近な人が自分のブログを見つけた?だれ?でも分からない・・・」ってな薄気味悪さはあると思う。
長靴をはいたネコ:過去ログを読まれると気持ち悪いか?

のような意見を持つ人は、自分が人の blog の過去ログを読むときにはどのように対応しているのであろうか?という事だ。誰だか分かるようにコメントを残す?それとも、相手が気にするといけないので過去ログを読まない?

結局、過去ログを読まれる事自体に違和感を感じる後者の場合、人の過去ログを読むのも同じように気にしているのではないかと言う疑問である。

自分の足跡がずっと監視されているってのは、ある意味気味悪いとは感じる。


* 参考記事
suVeneのあれ: 過去ログを読まれるのが気持ち悪い心理
ekken♂:過去ログを読まれて「気持ち悪い」のなら削除しておけば?
北の大地から送る物欲日記 - 過去ログはどこまであなたを表すのか?
長靴をはいたネコ:過去ログを読まれると気持ち悪いか?
posted by suVene at 03:04 | Comment(2) | TrackBack(1) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月05日

コメント欄に関するアレコレ

レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメント欄閉じた時に、長文を書かれていた方の記事に、ちょっと気になる問いがありました。
僕が知りたいと思うのは、他所のブログのコメント欄にコメントを残す人の心理です
・・・ 中略 ・・・
議論の経過を見ていると、管理人がもらったコメントにレスをするのは当然ではない、コメントレスは管理人の義務ではない、という意見が大勢を占めているように見受けられますが、、そこで翻って、では管理人からのレスが期待できないコメントをなぜ敢えて残したいと思うのか、という理由を僕は知りたいと思うわけです。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメント欄へのカキコミというのは何種類か分類できると思います。

1 知合いに対する馴れ合い的なコメント
2 記事を見た感想
3 記事に対する疑問・質問・反論
4 「自分はこう思う」という表明
5 荒らし目的

大抵このあたりではないかと。

1 知合いに対する馴れ合い的なコメント
これは、ネット上にしろリアルにしろ、知合い同士がやるようなカキコミであり、このパターンだと blog や 日記以外にもコミュニケーション手段を持っている場合が多いので、いちいちレスが必要だと思う人も少なそうです。

2 記事を見た感想
知合いの記事への感想か、あまり知合いではない人への感想かは問いませんが、なんらか感じる事があったときに、その思いを表明するような場合です。「面白かった。」「感動した。」「考えさせられた。」等の、具体的な部分を説明しないような一行のコメントでも、自分が知的好奇心をそそられた場合、お礼を言いたくなる気分も含めたのしめた事を表明しておきたいという意思の表れではないでしょうか。例を挙げると、ファンレターのようなものではないかと。このパターンも、コメントにレスを貰えれば嬉しいとは思いますが、大量のコメントに対し、blog の管理人がレスをするのも大変でしょうし、感想へのお礼を一つ一つするのも妙な感じがします。

3 記事に対する疑問・質問・反論
トラックバックして言及するほどではないが、少し疑問・質問、又は異論がある場合などです。
これは、上記 2つと違い、明らかに著者からのコメントが欲しくなるでしょう。そして、コメントの内容が「記事とは全然関係ない事象を持ち出して、罵倒したいだけ」のようなモノ以外は、ululun さんにしろ ekken さんにしろ、大抵レスしているような気がします。これは、コメントへのレスというよりは、記事の延長であり、記事のフォローのような意味合いが強いと思われます。

4 「自分はこう思う」という表明
3 に近いのですが、明らかにコメントに書くには、コメント記入者の主張が大部分である場合です。基本的には、blog というのがそもそもフロー型であり、議論するにはコメント欄はあまり向いていないので、管理人も思うところはあるでしょうがレスしにくい場合があるでしょう。主張を織り交ぜたい場合は、できれば トラックバック のほうが適しているように思われます。

5 荒らし目的
ヒマでもない限り、スルーか削除が一般的でしょう。


まぁ、blog というものが 1 対 1 でもない限り、時系列をおって議論をしにくい構造になっており、同時多発的にゆるい繋がりを持って流れているので、コメントしても返信がないのはしょうがないと思います。

コメント欄に関して思うところはこんな感じです。
次に、引用先の akky さんの疑問について、私なりに回答してみたいと思います。

他所にコメントを残す人の多くは、管理人からのレスがあろうがなかろうが、とにかく自分の気持ちや意見をその記事の中にコメントとして残しておきたい、という気持ちだけで、コメントをしているのでしょうか。そういう人たちは、コメントを残したあとで、何か反応がないかとコメント欄を見に戻ったりすることはないのでしょうか。自分がコメントを残しただけで満足するというなら、のちの反応を見に戻る必要もないと思うのですが、違うのでしょうか。あるいは、自分のコメントは管理人にレスさせずにはおかないほど価値あるものだと信じてコメントするんでしょうか。そして実際に価値があったかどうかを確かめるために、コメントレスを確認しに戻るのでしょうか。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

コメントを残す心理は、先に記したようなモノが多いと認識しているのですが、なんだか少し妙な疑問だなと思ったのは
「管理人はコメントのレスは必須じゃないと思う ⇒ 自分がコメントをしたときに確認しにいくことはないのか?」
と解釈してらっしゃるかのように見えるところです。先ほども記したように、「3 記事に対する疑問・質問・反論」ならば、やはりコメントのレスがあれば嬉しいですし、それ以外についても、レスがついていれば嬉しいでしょう。ただ、「あれば嬉しいが、強制はできない」と考えているだけであり「コメントしても、レスはいらない」に直結しないのではないかという事です。

例えばの話、うちのブログのコメント欄を開放していたときにコメントを下さっていた方の10人中10人がコメントレスが不要と考えているならば、今後、コメント欄を再開してもレスはしません。レスをするのもなかなか難しいですし、それなりの時間もかかりますから、もし求められていないのならば、そのような労力をかける必要はないと考えるからです。
レスの期待できないブログに敢えてコメントする意義は何ですか?-日々是自己主張

今回の、「コメントにレスをしろよ問題」で色々 blog を見て周った時に、ここの管理人さんは真剣に考えているような感じを受け、それはそれで良い事だと思いますが「レスはしません」とか「必ずレスをする」とか決めてしまわなくても良いのではないかと思います。(当然、私個人的な考えで強制するわけではありません)
時間がないのならば、する必要などないし、不毛だと思うコメントなど、答える必要もないし、邪魔ならば消してしまえばいい。
時間があって、答えたくなった時に答えればよいのではないでしょうか。

他の方は知りませんが、「レスは不要」といっても「(レスが)強制とは思わない」という意味であり、(疑問・質問を書いた場合)返信があればやはり嬉しいでしょう。ただ、返信がないからといって不愉快な気持ちになる事はないという意味だと言う事です。
posted by suVene at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年05月04日

[コメントを巡る]元も子もない話

テーマに名称がないと分かりにくいので、「コメントにレスをしろよ問題」としておきます。
簡単に説明すると

1 ブロガーが記事を書いて、閲覧者がコメントしたらそれにレスしろよ!できないなら、記事を出すな!
2 「私がコメントを書かない理由」のような記事
3 それは完ぺき主義で自分の醜態を見せたくないからだ!etc
4 コメントレスを強要するのはやめよう

という流れがある中に、コメント欄に対する分析記事が出たりしている状況ですね。
元も子もない話をしてしまうと、こういう意見のやり取りを楽しんでいるだけ(半馴れ合い)の人も居るんだろうなって話です。きっと本気で相手に強要しようと思ってないと思いますし、その強要意見に反論するのはあえて「釣られ」て楽しんでいるように見える訳です。

まず、この問題の最初のほうにアップされた heartbreaking さんの記事。
コメントレスしない管理人は、横柄な人間です。もしくは人の話聞いて無いです。俺の記事を、ちゃんと読んだのか?お前は、俺の記事の意図を全然読めてねえから、コメントレスしないからな、ってのは我侭です。じゃあ、貴方の記事の意図が解るように「書く」努力をしなさい。
heartbreaking.:コメントレス出来ないなら記事出さないで下さい

すごいです。いきなりコメントレスをを必須と考えない人への宣戦布告です。コメント欄も白熱しております。下のほうにいけば nanaさんなる人ののおっぱいうpへと流れが変わっていきますが、残念ながら今は見れません。まぁ、私なりに解釈すると、明らかに面白がって極論意見書いていると思います。これが記事によって、扇動されてしまう人がいるとするのならば、著者の思う壺なのかもしれません。
同時期にコメント欄閉鎖宣言-日々是自己主張なる記事も出ています。無駄に長いです。なんだか意図がよく分かりませんが、とりあえずコメント欄を閉じる事についての正当性を訴えているようです。これは真面目な意見に見えます。


次に、この辺の問題が議論されるようになった ululun さんの記事。この人の記事は面白くて私もよく読んでます。最近も、CNET Japan にゲストとして記事を書く事になったようですごいです。
CNET読者のみなさん はじめまして
まぁ、それはどうでもいいとして、記事内容はいたって真面目な印象を受けます。
そうなると短いコメントやコメント出来ない人に対してどう説明すれば良いのか
わかりませんよね。それこそ「ululunはオレの事を嫌っているんだろうか」とか「他の人には沢山書いているのにオレには素っ気ないコメントを書きやがって」とか思われるのも困るのです。
煩悩是道場 - 私がコメントに返事を書かない理由

私から見れば、一見矛盾のない自己完結記事に見え、納得してしまいそうな記事なのですが、それではこの問題が終わってしまいますので heartbreaking さんはいちゃもんをつけます。

コメントレスしない有名ブロガーは、レスの内容に、完璧さを求めすぎているのだと思います。自分の醜態を見せたくないだけです。
heartbreaking.:コメントに返事を書かない理由

恐ろしいほどの湾曲した解釈です。この発想はなかなか出ません。heartbreaking さんはエンタティナーです。この意見に対して真面目な反論をしても面白くないので何らかの極論を持って迎えたらよいのではないかと思うのですが、正論を唱え真っ向から反論している記事が
『斬(ざん)』:コメントレスを強要するのはやめようよ
ekken♂:一行コメントレスならば、むしろいらない
です。正論中の正論です。

これ以外にも、コメント欄についていくつかの記事があり、それについて ハテブなどで「○○という方が傲慢じゃないか?」等と意見があったりしますが、所詮「釣った」「釣られた」「馴れ合い」の域を過ぎないようなものが多いです。

で、長々と他の記事を引用して何が言いたいのかといえば、「釣り釣られ」なのか「真面目な意見・反論」なのか見分けるのは面倒だって事と、馴れ合い的意見のやり取りの中で真面目な記事があっても浮いてしまうように見えるのだなぁという話です。
「コメントにレスをしろよ問題」については何の言及もしていません。
posted by suVene at 01:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク 

2006年04月30日

blog に期待するアレコレ

heartbreaking.:綺麗事ばかりで疲れない?

blog や SNS 等に対する期待や目的が人さまざまなんだという話。
私がこの blog に期待する事は以前書いたとおりなのですが、人によってはアクセスアップでランキングの上位に行く事が目的であったり、アルファブロガーと呼ばれるブログ界や一部のメディア内での影響力を得ることを目的とする人も居るという事です。

「そして、funamushi2さんは・・」

ID:sennjiを罵倒してから、一部の人には funamushi2さんと呼ばれています
・・・ 中略 ・・・
suVeneさんの記事より引用
 「あいつが賛成してるから、俺は反対しよう。」とか、
 「あの人が言っているのなら正しい」というのが無意味

↑俺は、そうゆうのも、また面白いと思ってます。揉め事の発端も、嫌いなブロガーにイチャもん付けるのが目的ですよね。
heartbreaking.:綺麗事ばかりで疲れない?

前の記事で funamuhi2 さんと書いたのは、goo での id を見て書いたので「ゆがんだはしご」という HN があったのに気づきませんでした。申し訳ない。ちなみに、sennjiさんなる人はよく知らないです。
この記事を読んでなるほどなぁと思ったのは、巨人ファンに対する、アンチ巨人ファンのような、二元論的スタンス自体を面白いと思う人も居るんだなぁと言う事です。「好きだから」「気に入らないから」という理由で、全肯定・全否定を楽しむスタンスもあるのだと言う事ですね。
揉め事の発端は確かに、そのような事がキッカケになる事が多いようですが、「文化圏」なるものによく例えられる、意見の相違によって起こる事もまた事実です。異なる「文化圏」に属する人の意見が全て間違っているという訳でもないですが、その文化圏の衝突、対立を楽しむ姿勢もまた面白いでしょう。

アクセス数にも興味無いような人は、日記でも綴って、自室の本棚に仕舞っとけば良いだけの話。わざわざソレをネット上に出すのは何故か?アクセス欲しいからでしょ。イチイチ着飾ってて、疲れませんか?綺麗事は、もう止めましょうよ。
heartbreaking.:綺麗事ばかりで疲れない?

そして興味深いのは、自分が「アクセス数」や「ブログ界での影響力」を崇拝するようになると、相手もまた「アクセス数」や「ブログ界での影響力」を欲しがっているのに、それを隠しているんだ。と思い込む傾向があるということですね。確かに、一部の人は、本当はアクセスが欲しいのにそれを隠している人も居るのでしょうが、そうではない人が居る事にも気づかなくなる。何故なら、二元論だから。
「アクセス数」は当然、私も意識していますが、それが一番の目的ではない。って事です。かといって自分の目的を他人に押し付ける意味もありませんので、ゆがんだはしごさん のように、ブログ界での自分のポジションを確立する事を目的にがんばるのもありだと思います。

ブログについて考える人々は、ブログの世界の、カーストの上位に来る、尊敬されるべき人々です。ただ安穏とブログというツールを利用するだけに留まる人々とは、根幹から違います。
heartbreaking.:綺麗事ばかりで疲れない?

私としては、ブログ界の影響力をカーストとするのならば、それの権力争いなるもののほうが疲れます。安穏とブログツールを利用する人々を見下す理由もないですし。

ブログを利用する人々にも、二種類あります、ブログというコミュニケーションツールを利用するだけに留まる人と、ブログというコミュニケーションツールは、今後どうあるべきか?と常に考え続ける人です。
heartbreaking.:綺麗事ばかりで疲れない?

どうあるべきか?を考える人が偉くて、そうではなくコミュニケーションツールとして利用する人が下々だという考えも面白いですが、何の為に「どうあるべきか?」を考えているのかというのはまた、ここで言う下々の人と言われる人々も含めた「どうあるべきか?」であるということです。

うだうだと書き綴りましたが、ゆがんだはしごさん のブログに対する姿勢を強制したいなどと言う思いはありません。頑張ってブログ界の重鎮と呼ばれる人になっていただけたらと思います。

posted by suVene at 01:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | ブログに関する このエントリーを含むはてなブックマーク